セックスと心の解放

活動再開時に書いた「セックスで真の満足が得られると本当の幸せに辿り着き易くなる」では、良いセックスから始まる自己変容の概略だけを書いたが、重要なことは過程や詳細にある。
今回はその中の心の解放について書いてみる。

全てが良くなる

人は、より良くあろうと色々な情報を集め、様々なこと学び、変わろうと努力を重ねる。それで変わることもあれば、なかなか変わらないこともある。
良いセックスの体験は、なかなか変わらない頑固な自分さえ変えてしまう。
「本当の快感」や「真の満足」により、努力も忍耐も苦痛もなく、呼吸するかの如く自然に意識が変わっていくことを書いたが、これを具体的に書いてみると以下のようになる。

理解しているつもりでもなかなか変わらなかったことが、変わり始めて完全に自分のものになっていくと感じる。
課題が驚くぼとの速度で変わり、更に無意識だった課題までガラガラと音を立てるように変わる。
全ての変化が良い方向だと自覚があり、変化への恐怖も感じず、変わっていく自分を楽しめるようになる。
さらに自己変容が進んでいくと、次第に物事の執着が消えていく。
善とか悪とかが良い意味でどうでもよくなり、認知の感覚も変わっていく。
物事はただ起こる。
そこに意味などない。
意味付けは自分自身がしていた。
と気づく。
今まで知らず知らずやっていた潜在意識レベルまで変化が及ぶ。

大袈裟に書いていない。
本当にこんな奇跡的な変化が起こる。
意識の変化が土台となり、自己変容が連続しながら全てが好転していく。

腑に落ちる

ここまでの話は読んだだけでは分からない。これらの変化は体験や体感が伴わないと起こらないことだからだ。
実際、体験や体感は否定しにくい。
むしろ肯定的に思考することのほうが多い。
逆から言えば、変容は体験や体感をどう消化するのか思案することから始まり、それを肯定していく中から様々な気づきが生まれる。
一旦変わり始めると、自覚のある課題も無自覚の課題も自動的に変わり始め、体感や体験が土台となり、完全に腑に落ちていくのだ。
完全に腑に落ちた瞬間は、なんとも言えない心地良さがある。
意識変化は体験や体感から始まる。

心の解放

潜在意識まで変化が起こり始めると、ついに心の解放が始まる。
普通なら心の解放と聞くと、エゴやわがままを包み隠さず出すことと考える人も少なくない。確かに解放っぽいけど、これは全然違う。
解放は真逆だ。
自らが執着のない囚われない心に変わると、承認欲求は薄くなる。
理解されようがされまいがどちらでも良くなる。
ここでいう心の解放を言い換えるなら、あるがままを受け容れるということ。
心の間口が解放され、既成概念や常識などに囚われず、自らの心と身体で受け止める準備が整ったことを指している。
心の扉が全開になり、全てを受け容れることが出来るようになる
これが「心の解放」だ。

心の解放の先

心の解放が起こると、真実を見抜く力が備わる。
悩みを解決するにはどうすれば良いのか?などがわかるようになる。
でもアドバイスなんかしない。
それはエゴだから。
寄り添い見守り受け容れるタイミングを待つ。
伝えるべき時に伝えれば良い。
こんな仙人みたいな考え方が自然に出来るようになってしまう。
そして生きる意味がなんとなく分かり始める。
何をしに生まれてきたのか?
何を成すためなのか?
自分にしっくりくる何かを探る旅が始まる。

まだ見ぬ世界

この先も沢山の変化が続くだろう。
未体験だからまだ分からないが、その変化を楽しみにしている。
ただの楽観主義者と思われるかもだが、それすらどうでも良い(笑)

全然エロくない話に付き合わせてしまったが、
要は良いセックスでここまで変わるということだ。
僕はこれからも良いセックスを続けて人生を楽しみ尽くしたい。

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